水産業の可能性を広げる! 東日本大震災で被災した若手漁師×多業種の力
2024/03/03
東日本大震災で被災した若手漁師らが中心となり立ち上げた「フィッシャーマン・ジャパン」。世界有数の漁場を持つ宮城県石巻市を拠点に、衰退傾向にある水産業の可能性を広げようと、従来の漁師の枠を超えた事業に挑戦している。代表・阿部勝太さんとアートディレクター・安達日向子さんに話を伺った。
カッコよく、稼げて、革新的
「新3K」を根付かせたい
フィッシャーマン・ジャパン(以下FJ)は震災被害や漁師の高齢化などで衰退する水産業を「新3K(カッコよく、稼げて、革新的)」な仕事にしようと2014年7月に設立された。
水産業のイメージを3K(きつい、汚い、危険)から新3Kに変えるために活動している。
代表を務める阿部勝太さんは石巻市北上町十三浜で3代続くワカメ漁師。小学3年生から家業を手伝っていたが「子どもの頃から漁師にそれほど魅力を感じていなくて、家業に入ってからも割に合わない仕事だと思っていました」と打ち明ける。
震災の津波で収穫間近だったワカメはすべて流され、会社員生活に戻ることも考えたが、ワカメ漁師一筋の父親が再開を宣言。阿部さんも家業を続けると決めた。そのような中、被災地支援のため石巻を訪れたインターネット企業「ヤフー」の社員との出会いが転機になった。
「縁のなかったIT関係の方と復興プロジェクトを行い、水産業は従来のやり方を続けていては駄目だと思いました」と阿部さん。震災で何もなくなった今こそ、浜を超え、職業を超えてチームをつくり水産業を変えようと、漁師とIT企業社員らでFJを立ち上げた。
阿部さんは「震災があっても辞めなかったのだから、漁師は一生の仕事。それなら水産業のネガティブなイメージを払拭しようと考えました。最初、他の漁師たちには『変わったことをやっている人たち』と思われていたかも」と苦笑する。
クリエイティブな視点が
注目度を高める
FJが考える「フィッシャーマン」は漁師をはじめ、水産加工業者、卸業者、料理人、クリエイター、IT事業者など職種の壁がない。
現在アートディレクターを務める安達さんの加入も、事業の幅を広げた。水産業とは縁遠かった安達さんだが、美大生時代に被災地に通い、水産業の奥深さに魅了された。「漁業はクリエイティブな力との融合で、可能性を広げられます。芸術品を制作するだけがデザインではありません。コンセプトやプロジェクトをデザインすることで、社会と水産業を結びつけます」と強調する。
FJの碇をモチーフにしたロゴ、写真やキャッチコピーで魅せるウェブサイトなどは、高いデザイン性が目を引く。アパレル会社や化粧品原料の製造会社とのコラボ事業にも挑戦。試験養殖で役目を終えたコンブを原料にした石けんとハンドクリームを開発した。仙台空港では直営の和食店を運営し、持続可能な水産物の証である国際認証「MSC※1」「ASC※2」を取得した魚介類を使った丼などを販売している。
アパレル会社「アーバンリサーチ」、サステナブルな化粧品原料の製造会社「ファーメンステーション」と開発した「KAISO Soap」「KAISO Hand Cream」。
安達さんを含む3人のスタッフがクリエイティブチームとして仕掛け人となり、FJの活動を支えている。
※1 MSCはMarine Stewardship Council(海洋管理協議会)の認証制度。水産資源や環境に配慮して獲られた天然の水産物と認証されるものには「海のエコラベル」が付けられる。
※2 ASCはAquaculture Stewardship Council(水産養殖管理協議会)の認証制度。環境に大きな負担をかけず、地域社会にも配慮した養殖業で生産された水産物に認められる証。ASC認証を取得した水産物は「サステナブル・シーフード」と呼ばれる。
漁協や行政と連携して
担い手を発掘、育成
仙台空港に出店している和食店「牡蠣と海鮮丼 ふぃっしゃーまん亭」。
2024年7月は設立10年の節目。現在は銀ザケやホヤ、カキといった養殖業の漁師、潜水士、クリエイターら多彩な職種の20〜40代の約30名が在籍し、それぞれの得意分野を生かし多岐にわたる事業を展開している。
特に力を入れているのが、担い手育成事業「TRITON PROJECT(トリトンプロジェクト)」だ。「新世代のフィッシャーマンを増やそう」と宮城県漁業協同組合や石巻市水産課とも連携し、若者と水産業との接点を生み出している。漁師を目指す若者向けの漁師体験「TRITON SCHOOL」、地元高校生に水産業の魅力を伝える「すギョいバイト」、魚払いの副業「ギョソモン!」など名前も内容もユニークな事業を実施。
さらに石巻の事務所1階を海の秘密基地「TRITON SENGOKU」として開放。現役の漁師や漁師を目指す人、水産業に興味を抱いている人々が集う場になっている。
石巻の事務所1階にある海の秘密基地「TRITON SENGOKU」は交流の場になっている。
水産業の求人を扱い、インターンも積極的に受け入れている。これまで石巻市で60名程度、全国で200名以上も漁師として送り出した。安達さんは「漁師にならなくても、研究職に就いた人もいます。残念ながら離職者もいるので、FJがやるべきことはまだまだあります」と気を引き締める。
現在、三重県南伊勢町でもTRITON PROJECTが進む。全国に活動は広がっているが、水産業のネガティブな印象の一新は道半ばだ。阿部さんは「FJのようなチームが全国47都道府県にあれば、日本の水産業は閉鎖的なイメージから脱却できるはず。若者が水産業に興味を持ってくれるように種まきを続けます」と、10年、20年先を見据える。
さまざまな職種、個性が混ざり合い生まれた水産業の新しい可能性。彼らがまいた希望の種は、どんな色の花を咲かせるのか。若きリーダーたちの挑戦から目が離せない。
PROFILE
フィッシャーマン・ジャパン
代表
阿部勝太(しょうた)さん
1986年宮城県生まれ。3代続くワカメ漁師。高校を卒業後、旅館、自動車メーカーの関連会社などを経て、2009年に漁師の道へ。東日本大震災をきっかけに「フィッシャーマン・ジャパン」を設立。漁業をカッコよく、面白い職業にするべく、水産業の課題解決に取り組む。
フィッシャーマン・ジャパン
アートディレクター
安達日向子(ひなこ)さん
1990年千葉県生まれ。武蔵野美術大学在学中、東日本大震災の津波被害が甚大な宮城県石巻市や亘理町などに通い、卒業制作に取り組む。東京の制作会社を経て、2013年に宮城県に移住し2015年にFJに加入。2018年にクリエイティブチーム「さかなデザイン」を立ち上げ、代表を務める。
文:宇都宮梨絵
写真:窪田隼人
FISHERY JOURNAL vol.1(2024年冬号)より転載