【専門家に聞く!】これからの陸上養殖、参入企業が知っておきたいポイントは?
2025/12/24
漁業界で注目の陸上養殖は、一般の企業からも熱い視線が注がれている。参入にあたって注意しておきたいポイントや近年の動向を、陸上養殖をテーマに研究を重ねる東海大学の秋山信彦教授に伺った。
1.閉鎖循環式陸上養殖が拓く魚食の未来
2.閉鎖循環式陸上養殖の課題と成功へのカギ
閉鎖循環式陸上養殖が拓く
魚食の未来
魚は今、ヘルシーな食材として世界中から注目を浴びている。すると以前は国外から買えていた魚が買えなくなることが多くなり、また気候変動によってこれまで獲れていた魚が獲りにくくなってもいるから、このままでは日本で食べる魚が減っていきかねない。
こうした魚食をめぐる環境の変化への対応策として期待されているのが陸上養殖。漁業権を持たなくても魚が販売できるとあって企業による参入も盛んに行われている。

令和5年度の陸上養殖の出荷数量は合計で6,392トン。魚類、貝類、藻類等に分けた統計のうち、魚類が4,802トンと最も多くを占める。ヒラメ、トラフグ、ニジマスなどが上位で、養殖のしやすさや消費者の好みが反映されている。
東海大学の秋山信彦教授によれば、陸上養殖における注目が特に高まっているのが「閉鎖循環方式」だ。
「例えば、海面養殖でサーモンを育てようとしても冬しかできませんが、閉鎖循環式の陸上養殖であれば1年に2回生産ができる。日本の海面では不可能なアトランティックサーモンを養殖する企業もあるように、海などの水源を用いる『かけ流し式』の陸上養殖よりも環境をコントロールしやすくさまざまな魚種を生育できるのです。加えて、アニサキスなどの寄生虫症をゼロにできるので、生食に向いた安心安全な魚を育てられるのも利点です」。

日建リース工業が運営する三保地下海水養殖センターでは1年を通して一定の水温の地下海水を利用した、かけ流し式の施設でサーモンなどを養殖する。
閉鎖循環式陸上養殖の
課題と成功へのカギ
漁獲や輸入の不安定さを解決する夢のような技術に思えるが、そこには課題も多い。特にネックになるのが電気代。閉鎖循環式で水温を一定に保つとなると莫大なエネルギーを使うので、ランニングコストが非常に高額になってしまう。
他にも、水槽や浄化装置、ポンプ、水温調節機への投資費用や、魚についた餌や排泄物による臭いを抜く必要があるなど、こちらはこちらで悩みが尽きない。
一方で明るい話題もある。
「閉鎖循環式では魚の生育過程で発生する毒性の強いアンモニアを取り除かなくてはならないのですが、現在は微生物の働きでアンモニアを硝酸に変え、還元して窒素ガスとして放出する生物ろ過が一般的。そんな中、養殖設備の開発を行う愛知県の企業、ベルデアクアが海水を電気分解して化学的にアンモニアを除去する電解ろ過の仕組みを開発しました。従来よりもはるかにコンパクトな装置で工程も少なく、水温でろ過性能が変化しない。今後実装され、コスト面で有利と判断されれば、一気に主流になる可能性があります」。
まさにゲームチェンジャーなろ過装置。こうした新技術を活用していくことはもちろんだが、陸上養殖事業の成功のカギは、ズバリ販路にあるという。
「天然魚の方が良いよね、と言われればそれまで。先ほどの寄生虫の話などに代表される養殖魚ならではのメリットを伝えて売り先を開拓していかないと、魚が余って簡単に赤字になります。だから既に販路を持っている企業は新規参入に有利と言えるでしょう」。
魚を地域ブランド化して売るのも1つの手だ。秋山教授の研究テーマである地下海水を使った陸上養殖を日建リース工業が事業化し、誕生した「三保サーモン」や「三保松さば」は、生食でも臭みが一切なくおいしいと高い評価を得ている。
「鮮度が高い魚を、生で安全に食べることができる。それが陸上養殖の付加価値になっていくのだと思います」と結んだ。
陸上養殖の利点と課題
利点
● 気候の影響を受けにくく安定的に魚を供給できる
● 季節や水温に関わらずさまざまな魚種を生育できる
● 寄生虫のいない、生食に向いた魚が生産できる
課題
● 設備投資やランニングコストが高額
● 閉鎖循環式は特に電気代がかかる
● 販路を構築しないと経営が困難になる
PROFILE
東海大学海洋学部
水産学科教授
秋山 信彦さん

東海大学大学院海洋学研究科修了。地下海水を利用した陸上養殖技術開発や、各種水族の繁殖育成技術開発が主な研究テーマ。絶滅が危惧されている淡水魚の域外保全のための活動も行う。
文:本多祐介
FISHERY JOURNAL vol.4(2025年夏号)より転載



