海上ヘルスケア産業・最前線 ~危険を減らし安心できる働き方へ~
2025/12/12
最後の狩猟活動である漁業。海という大自然を相手にする活動には、人知を超えた危険がはらんでいる。命や守り、安全対策を万全にすることは絶対条件だ。ここでは、船上の安全対策の動向と最新サービスを解説する。
船の事故は年間10万隻?
漁師が知るべき安全対策
船舶事故隻数の推移(図1)によると令和5年は1798隻と、過去10年で最も少ない数値となった。全国にある船が200万隻と考えると少ないように見えるが、実はそうでもない。この数値は海上保安庁が出動した重大事故の件数のみであり、自身で何とかしたり、仲間に助けてもらったりした事故を合わせるとその50倍の10万隻にも及ぶと言われている。

出典)海上保安庁 海難の現況と対策2023
また、船舶事故種別の割合(図2)を見ると、衝突に次いで多い事故原因が無人漂流(12%)。これは何かの拍子で投げ出されたり、落水したりした事故を指す。実際、急な心筋梗塞で倒れた漁師が1週間後遺体で漂流していたという事故も珍しくない。とりわけ、1人操業の漁師には他人事ではないだろう。

出典)海上保安庁 海難の現況と対策 2023(2)漁船の事故防止対策
もともと海上の安全措置としては、国際規制として「AIS(船舶自動識別システム)」や衛星通信などの設置が義務化されている。しかし、普及率はわずか5%未満とほとんど普及していなかった。その背景には、漁師が考える「情報」の捉え方にある。例えば「AIS」は自身の船の位置を周囲に発信し、異変があったときに周囲の船に助けを求められる装置であるが、位置情報から企業秘密である「好漁場」が他の漁師たちにバレてしまう可能性があった。そのため、中小型漁船については設置をためらうものも多く、規制対象外にもなっていたのだ。
とはいえ、危険と隣り合わせの漁業で働き続けるには、安全対策は欠かせない要素。現在は、低軌道衛星による地球全体の通信網が発達し、海上でも様々なサービスを受けられるようになってきた。今回は、代表的なサービスを紹介する。
安全対策に役立つ
最新サービス動向
情報共有デバイス

自身の位置を周囲に発信する「AIS」では、好漁場の情報を周囲の漁師に知られるリスクがあった。現在は低軌道衛星の普及により、漁協職員や家族といった特定の相手にだけ情報共有ができるサービスも開発されている。特に、ウエアラブルデバイスでは身につけるだけで位置情報の共有や健康状態の可視化ができ、1人操業の高齢の漁師やその家族も安心して操業できる。
船舶運航管理共通プラットホーム
事故の大半はヒューマンエラーによるものだが、1人操業で行っている沿岸漁業にとって、全ての危険に備えるのは至難の技だ。そこで注目されているのが、情報のクラウド一括管理による事故予測サービス。船の位置や、気象・海象、岩礁や漂流物までの情報を総合して予測することによって、衝突や故障などの事故を未然に防ぐ。また、漁協や市場、保険会社と共有することで事故の早期対応が可能となる。
船舶専用オンライン医療サービス

海には薬屋や病院はない。特に長期航海している船については風邪1つでも大問題だ。そんな海という環境で、遠く離れた場所から診断を受けられるのが船舶専用オンライン医療サービス。医療相談、急な症状の変化や1次救命処置の方法、予防医療など、専門医による具体的なアドバイスが受けられる。今後はドローンによる緊急搬送や遠隔処置など可能性の広がりが期待されている。
教えてくれた人
海のイドバタ会議総座長
守雅彦さん

慶應義塾大学卒。造船業、海事専門商社を歴任。海の地方創生アドバイザーとして独立。漁業、海運業、海洋環境など様々な業界に精通。「海のイドバタ会議」名義で、海に関わる情報発信を行う。全国30地区の海業に関わる新規事業に携わる。
文:守雅彦
FISHERY JOURNAL vol.4(2025年夏号)より転載


