「兼業漁師」というワークスタイル。漁業に関わる複数の柱で収入を得る
2025/03/17

和歌山県和歌山市、雑賀崎(さいかざき)。岬の斜面に家々が立つ風景が「日本のアマルフィ」と呼ばれる景勝の地に、兼業漁業を営む漁師がいる。池田佳祐さんだ。「稼げるビジネスモデルを示し、地元の漁師の息子のUターンを促す存在」を目指して奮闘する池田さんに、兼業の詳細や収益を聞いた。
1.陸に上がった営業マンが兼業漁業をプレゼン
2.漁後の「浜売り」と通信販売 民泊と食堂経営で収入を安定
3.兼業漁師のワークサイクル
-漁業
-うみまち食堂うらら
-Fisherman’s Table & Stay 新七屋
陸に上がった営業マンが
兼業漁業をプレゼン
和歌山県の雑賀崎漁港で漁師をしている池田佳祐さんは、漁師以外に2つの顔を持つ。古民家を改装した漁家民泊『新七屋』と、自分や漁師仲間が獲った魚を提供する食堂『うみまち食堂うらら』の共同経営者だ。食堂は妻の美紀さんがオーナーを務める。
寿司ネタは1つずつ、誰が獲ったものでどんな魅力があるのかを説明する。
元々、医療系ベンチャー企業のトップセールスマンだった池田さんが漁師になったのは、漁師の父から、「お前は陸に上がったんやから海のこと気にせんでええ」と言われたことがきっかけだ。
幼い頃から、「先のない仕事だから、漁師にならんでいい」と諭されて育ち、大学では英語を専攻した池田さん。しかし父の言葉を聞き、「本当は漁師になりたかった」と気付いたという。
独学で国会図書館まで行って水産業や雑賀崎の漁業の歴史について調べ、「地元の漁業を絶やしてはいけない」という思いが強まった池田さん。
「先のない仕事ではない」と証明するため、「サラリーマンを超える年収を稼げる漁師」になれる兼業スタイルを父にプレゼン。反対する父から、2年かけて了承を得たそうだ。
漁後の「浜売り」と通信販売
民泊と食堂経営で収入を安定
お正月料理にも人気のアシアカエビ。一般的な飲食店では1尾500~800円することも。
池田さんのビジネスモデルはこんなふうだ。
まず年間約90日、天候の良い日に漁に出る。獲るのは魚離れが進む中でも人気のエビ、イカが中心だ。水揚げした魚介は、各船が浜で消費者に直接販売をする雑賀崎独自の「浜売り」と産直WEBサイト『ポケットマルシェ』を中心に販売する。
『ポケットマルシェ』には漁師の登録業者も多いが、天然のエビ・イカをメインに扱う専門性と、鮮度を保てるよう工夫した配送スタイルで差別化し、リピーターを獲得。年間売上は200万円に達する。池田さんには、その歩合と給与が船頭の父から支払われている。
その傍らで経営する漁家民泊は地域活性化の補助金を活用して、祖母が所有していた古民家を改装したものだ。
漁の定休は市場の休前日の火曜、土曜。そのタイミングで漁家民泊に泊まったゲストには食堂での夕食を付けるため、利用される日もそこに集中している。売上は年間120~130万円だが、ランニングコストは低く、利益率は50~60%と高い。また、清掃はアルバイトに依頼しており、作業量も少ない。
築60年の古民家を改装した民泊は、レトロで落ち着ける雰囲気。
食堂も、同じ補助金を美樹さんが申請し、元診療所だった古民家の買い取りと改装に充てた。
こちらの営業は火・水・金・土・日曜の昼と、火・土曜の夜。池田さんは漁がない日に手伝いに入っている他、会計まわりの事務も担当している。
メニューは、池田さんら地元の漁師が獲るアカアシエビ、シロアマダイなどの高級魚を使って、昼は2640円のお寿司のコース、夜は5500円と7700円の2コースを提供する。
どちらも2024年8月にテレビ放送されて以降、連日予約で満席だ。1日約40組が訪れるが、高級魚を使うため原価率が高いのが悩み。だが、そこは譲れない。
「漁師なのにこんな程度かと思われたくありません。獲ってきた僕自らが説明し、その魚のおいしさを知ってもらえるのが嬉しい」とほほ笑む。
昼のコースで提供している寿司。前菜、茶碗蒸し、ミニ鯛茶漬け、デザートが付く。
今は多忙な毎日だが、自身が成功することで、地域の漁師の子どもがUターンするきっかけになることを目指して尽力している。また、今後は、イタリアに訪れた際に実際に体験して感動したという『漁業体験』の実施なども視野に。現状はまだ届いていないが、5年以内に会社員時代の年収を超えることが目標だ。
「今1歳と3歳の子どもたちが将来『漁師になりたい』と言ったときに、『やりたいならやれ。漁師はすごく良い仕事や』と言えるようになりたいですね」。
兼業漁師の
ワークサイクル
漁業
稼働時間:年間約90日
時間帯:4時〜14時(5月中旬〜10月中旬)/10時〜20時(10月中旬〜5月中旬)
獲れた魚やエビは、ニーズに合わせてサイズを分けて販売している。
5月中旬~10月中旬は、網口の両側に開口板を取り付ける小型底曳網漁法「板こぎ網漁」を実施。10時出港、20時頃帰港する。
10月中旬~5月中旬は、熊手のような爪がついた網で行う「石桁網漁」を実施。4時出港、14時頃に帰港する。
年間の漁は約90日。連日出ると魚の価格が下がり、海の資源も減るため無理はしない。
雑賀崎の漁師は現在約30隻。最盛期は100隻近くあったという。
うみまち食堂うらら
営業日数:週5日
時間:11時〜14時/17時〜21時(火・土のみ)
和歌山市で1、2位を争う有名和食店出身の料理長が腕を振るう。
食堂は基本、オーナーである美紀さんと料理長、アルバイト4~5人で運営している。だが2024年8月にテレビ番組に取り上げられてからは連日満席のため、漁のない日は池田さんも店に入り、接客や片づけなどを手伝っている。店にいるときは、自らや漁師仲間が獲ってきた魚について、お客さんに説明するのも池田さんの役割だ。
Instagram:@umimachishokudou_ulala
Fisherman’s Table & Stay 新七屋
営業日数:年間60〜70日
時間:16時〜20時
のれんのロゴと『新七屋』の屋号は代々池田家に受け継がれているもの。
清掃はアルバイトが担当、寝具のセッティングや受付を池田さんが行っている。古民家を1棟貸ししておりゲストとの接点が少ないため、漁業に支障が出ないのがポイントだ。漁が休みの火曜、土曜のみ、魚介を使ったコース料理を食堂で提供している。さらに希望者にはオプションで、磯遊びツアー、健勝丸内部ツアーも行っている。
Instagram:@shinchiya_saikazaki
おすすめの磯遊び&海水浴スポットに案内するオプションツアーの様子。
PROFILE
池田佳祐さん
和歌山市出身。代々漁師を営む家系に生まれ、磯遊びと海の幸で育つ。大学で外国語・マーケティングを学び、英、仏に留学。大学卒業後、東京・大阪に在住し医療系ベンチャーの営業として全国を駆け回る。しかし、父の言葉で「漁師になりたかった」自分に気付き、両親を説得。2020年から漁師となり、2021年に漁家民泊をオープン。
池田美紀さん
和歌山市出身。高校を卒業後、カリフォルニア州・サンフランシスコに6年間在住。2019年にノルウェーに移住し、日本食料理店にて修行。結婚後は雑賀崎に移住し、2023年、地元のおばあちゃんが集まれる漁師飯の店『うみまち食堂うらら』をオープン。妊娠を機に休業し、2024年春、漁師が獲った魚介を提供する食堂として再オープン。
文:笹間聖子
写真:井 ひろみ
FISHERY JOURNAL vol.3(2025年冬号)より転載