【新しい漁業の在り方】女性漁師が思い描く、漁業の明るい未来とは?
2024/03/08
三重県熊野市二木島。人口約200人の小さな漁村に、全国的にもまだまだ希少な女性漁師がいる。水産庁の水産女子プロジェクトの一員としても活躍する株式会社ゲイト 水産事業部 田中りみさん。彼女が思い描く、新しい漁業の在り方とは?
メイン画像:熊野漁協の組合員となり、「漁師になりたい」という夢を叶えた田中りみさん。女性だけで完結する定置網漁を日々行う。
一度は諦めた漁師の道
回り道を経て女性漁師へ
ジェンダー平等が多方面で叫ばれる昨今。日本の漁業は、未だに圧倒的な男性社会だ。そんな中、三重県熊野市二木島に拠点を置く田中りみさんは、希少な女性漁師として活躍している。
地元出身のりみさんは、海とともに育った。漁師だった父の背中を見て、自分も漁師になりたいと思い描いたが、父親からは女だからダメだと一刀両断された。
「なぜ女性を船に乗せないのか? 未だにそれを聞いたところで、人それぞれ言うことが違うし、本当の理由って実はないんですよね。“そういうものだから”って」。女性がNGとされてきた背景には、もちろん体力的な理由もあるだろう。一方で、つまるところはただの慣習であるケースも多く、りみさんも“そういうもの”として諦め、別の道に進んだ。
転機が訪れたのは、上京や転職などを経てUターンしてからのこと。知人の誘いで、現在も在籍する株式会社ゲイトに入社。ゲイトは、居酒屋事業から水産事業に参入した東京の会社で、りみさんは熊野市での水産業に従事することに。そしてある時、東京から社長が訪れた際に「漁師がやりたい」と本音を吐露。社長が背中を押してくれ、新規事業として計画していた定置網漁をりみさんが担当することになった。
男性漁師たちの中に紅一点。そんな環境で漁業の経験を積んだ1年後、りみさんは女性漁師チームを編成し、そのリーダーに就任。女性3人が中心となって、漁と加工を続けている。
りみさん率いる地元出身の女性漁師たち。
漁は早朝ではなく日中に
女性の働きやすさを模索
女はダメだと言われ続けてきた漁業の世界で、夢を叶えたりみさん。そんな彼女が今思い描くのは、女性漁師が働きやすい場をつくっていくことだという。
「『漁師になりたい』って、女の子たちから問い合わせが来るんです。全国には、熊野と同じような漁村が4000くらいある。女性でも成り立つ漁業のモデルをここで作って、それを各地で実践できたらいいんじゃないかと考えているんです」。
男性漁師の船に女性が加わったとしても、男性同等の作業を任せてもらうことは難しく、補助作業要員になりがちだ。しかし、女性だけのチームなら独自の方法を模索することができる。そこで、りみさん率いる女性チームは、通常より小さな定置網を担当。家庭を持つ女性でも対応できるよう、漁は早朝ではなく、日中行う。獲れた魚は市場に卸さず、自分たちで加工してECサイトなどで直販。特筆すべきは、「未利用魚」として通常は廃棄されてしまう魚も活用している点だ。獲れたての魚を特殊製法でフレーク状にしてパック。天然魚を100%使った常温保存可能な無添加食品、ペットフードとして人気を集めている。
定置網にかかった魚はすべて水揚げして利用。
「従来の漁業では、市場のセリの時間に合わせて漁をするしかない。でも、自分たちで加工場と販路を持っていれば、日中に漁をしてもいいんじゃないかと。現在、実験的に定置網にカメラを設置してモニタリングしていて。加工場にモニターを付けて、魚が溜まったら漁に行く、ということができたらより効率的だと考えています」。
加工場を自社で所有しているため、漁、加工、販売まですべて自分たちで行う。
他にも、漁業体験や課外授業の受け入れにも積極的で、東京からわざわざ足を運ぶ人も少なくない。かつては水揚げ量も多く隆盛を誇ったものの、高齢化・過疎化が著しい熊野市二木島。そんな小さな漁村を訪れ、漁業体験をした人たちは、「テーマパークみたい!」と感動の声を上げるという。
「魚も獲れない、後継者も少ない今、『魚獲ってなんぼ』という漁業スタイルだと廃れる一方です。でも、都会にはない価値がここにはあるし、漁師として明るい未来しかないと私は本気で思っていて。漁業だけじゃなく、さまざまな海の価値を体験できる町にしたい。そして、関係人口や移住者が増えたら嬉しいですね」。
女性漁師が中心となった新しい漁業、そして、新たな町おこしの形ができつつある。
真空パックにした魚は無添加で栄養価が高く人気。
PROFILE
株式会社ゲイト 水産事業部
田中りみさん
三重県熊野市出身、在住。Uターン後、水産加工業を経て漁師に。株式会社ゲイト水産事業部リーダーとして、小型定置網漁から商品開発(仲買/加工/運送)までを手掛ける。熊野漁協組合員。水産庁水産女子プロジェクトメンバー。
写真・文:曽田夕紀子
FISHERY JOURNAL vol.1(2024年冬号)より転載