【ブルークレジット入門】海のCO2吸収を「価値」に変える、Jブルークレジットの特徴・申請までの流れは?
2026/08/24
藻場の再生や海藻養殖で海が吸収したCO2を数値化し、取引できる価値に変える「Jブルークレジット」。この仕組みの活用事例が、全国の海で増えつつある。制度の仕組みから今後の展望まで、その現在地を追った。
1.海の価値を「見える化」する
2.現場が申請できる柔軟な認証制度
3.地域の収益源から次の産業へ
ーQuestion 1 どんな取り組みが対象になるのか
ーQuestion 2 申請には、どんな準備が必要なのか
ーQuestion 3 申請から認証までの流れは
海の価値を
「見える化」する
経済活動において脱炭素が当たり前に求められる時代となったが、その潮流は海においても顕著だ。漁業や環境保全の文脈で実施されてきた藻場の再生や海藻養殖は、CO2を吸収する「価値」としても見直され始めている。
海の吸収機能を可視化し、定量化し、経済的価値へと接続する。この発想が「ブルーカーボン」であり、その実装形の一つが「ブルークレジット」である。日本において、その制度設計の中核を担ってきたのが、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)だ。
JBEは国の認可を受けた技術研究組合であり、国とも緊密に連携しながら、国内で事実上唯一のブルークレジット制度である「Jブルークレジット」を運営している。その制度とはどのようなものなのか。JBE理事長の桑江朝比呂さんはこう話す。
「Jブルークレジットは、海の生態系が吸収したCO2を定量化し、クレジットとして認証する仕組みとして2021年に始まりました。特徴は、これから実施する計画ではなく、すでに行われた活動の実績に基づいて認証するという点。藻場の造成や保全、海藻の育成、養殖などによってどれだけ吸収量が増えたかをガイドラインに沿って算定し、申請内容をブラッシュアップしたうえで、現地確認や第三者委員会の審査を経て認証します。いまでは北海道から九州、沖縄まで全国に広がり、累計87件のプロジェクトが認証されました(2026年5月時点)」
桑江さんは、国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 港湾空港技術研究所の特別研究主幹として、干潟や藻場の再生、浅海域の物質循環を長く研究。そのなかで、藻場や海藻が持つCO2吸収の機能は、環境保全の副次的な効果ではなく、それ自体が社会的に評価されるべき価値だと考えるようになったという。
研究や行政の枠内にとどまらず、民間企業も参画できる持続可能な仕組みとして社会実装できないか。そうした問題意識から立ち上げられたのが、海洋における環境価値の定量評価や、新たな資金メカニズムの導入を担う組織、JBEだった。
転機は、2020年10月。菅義偉首相(当時)が2050年カーボンニュートラルを宣言すると、それまで脱炭素やカーボンクレジットに無関心だった企業が一斉に動き出し、海の吸収機能をどう制度化するかが現実の課題になったのだ。こうした追い風もあり、実証が急ピッチで進められ、Jブルークレジットは海の環境価値を社会のなかで流通させる制度として立ち上がった。
現場が申請できる
柔軟な認証制度

認証制度というと画一的な審査が付きものだが、Jブルークレジットの特徴は、審査に柔軟性を持たせている点にもある。藻場の保全や海藻養殖に取り組む主体の多くは、漁業者や漁協、NPO、自治体だ。そのため、科学的な妥当性を確保しながら、地域の現場が参加できる裾野の広さをどう両立させるかという点を重視しているのだという。
「他のクレジット制度は、高度な手法を用いることを定めたルールになっていることが多い。でも、それでは大企業など、コストや手間をかけられる一部の人しか申請できなくなる。そうではなく、地元で頑張っている漁業者や環境団体の人たちに、ちゃんとその対価が返る制度にしたかった。だから、できる限り現地でやられている方々が、できる範囲で調査し、申請できる仕組みにしたのです」
申請は一律に白黒をつけるのではなく、内容の確からしさを見ながら認証量を調整する「確実性評価」を採用。調査やデータの精度が高ければ認証率は上がる。一方で、簡易な申請でもただ排除するのではなく、どこを改善すれば次回の評価が上がるかを示しながら、継続的な取り組みにつなげていく。制度を固定的なものとせず、現場の実践とともに育てていこうとするやり方だ。
参加のハードルを下げる工夫は、費用面にも及ぶ。JBEでは、漁業者やNPOが参加しやすいよう、審査料を無料とし、クレジットが実際に売れた段階で成功報酬を受け取る方式を採っているという。
「売れるまでは持ち出しがないようにしました。そうでないと絶対に広がらないと思ったからです。いわばメルカリ方式のようなもので、売買が成立して初めて報酬をいただく。海を守る活動を、善意や持ち出しだけに頼るのではなく、きちんと経済的に持続できるようにしたかったのです」
地域の収益源から
次の産業へ

さらに興味深いのは、Jブルークレジットが単なる排出権取引としてではなく、地域を応援する仕組みとして機能している点だ。
桑江さんによれば、一般的なJ-クレジットよりも高い価格帯で取引されるケースが少なくないにもかかわらず、購入する企業の多くは「自社の排出を相殺したい」というより、「地元を応援したい」「そこで活動する人を支えたい」という動機を語るという。つまりこの制度は、脱炭素と地域貢献、地方創生が重なり合うところに独自の価値を生んでいるのである。
「地元に愛されているプロジェクトは売れるんです。地元の企業が買ってくれるし、自治体が前に出るとさらに広がる。だからクレジットをつくるだけではなく、自分たちの活動が地域にとってどれだけ重要かを知ってもらうことも、とても大事になります」
国はブルーカーボンによるCO2吸収・固定量について、2035年度に100万トン、2040年度に200万トンという目標を掲げている。しかし実際には、地域の藻場再生や既存の海藻養殖を積み上げるだけでは、その規模には届かないという。そこで桑江さんが次の展望として見据えるのが、沖合での大規模な海藻育成である。
「天然藻場の回復や沿岸での取り組みはもちろん大事ですが、それだけで国の目標を達成するのは難しい。これからは、食用とは別に、脱炭素を主目的とした海藻を積極的に育てる発想が必要になると思っています」
視野にあるのは、沖合で海藻を育て、CO2を吸収させ、深海に沈降・貯留させるような新しいブルーカーボンのかたちだ。環境省も、沖合のブルーカーボンについて、海藻を生産・育成することで温室効果ガスを吸収し、深海に貯留・固定し、その吸収量を算定・評価する取組の検討を始めている。漁業との海域利用の調整、大規模藻場造成や深海域への沈降技術、海洋環境への影響把握など、実装するにあたって乗り越えるべき課題は多い。それでも、沿岸の保全活動を超えて、海そのものを脱炭素の基盤として捉え直す動きへの期待は大きいといえるだろう。
「もし沖合で大きく育てて、そのまま深い海に沈めることができれば、これまでとは桁の違う吸収量を目指せる可能性がある。もちろん、技術的にも環境的にも慎重な検討は必要ですが、ブルーカーボンが将来的には新しい産業になり得ると考えています」
藻場の再生や海藻養殖を、漁業や保全の枠内だけで捉える時代は終わりつつある。海が持つ吸収機能を可視化し、社会のなかで価値として流通させ、さらには次の産業へとつなげていく――。Jブルークレジットは、その入口に立つ制度だといえるかもしれない。
Question 1
どんな取り組みが対象になるのか
対象になるのは、海藻や海草が自然にあるだけの海ではなく、人の活動によってブルーカーボン生態系の維持・拡大が図られているケースである。藻場の造成や再生、海藻・海草の保全、ワカメやコンブなどの養殖のほか、既存の水産活動に気候変動対策の視点を組み込み、吸収量を計測できる形にした取り組みも含まれる。
Question 2
申請には、どんな準備が必要なのか
最初に必要なのは、自分たちの活動の整理。いつ、どこで、誰が、どんな海藻・海草を対象に、どの範囲で生態系の保全や養殖を行ったのか。場所、面積、ロープ長、対象種、作業時期、現地写真、簡単な測量結果などを残しておくことが重要だ。精度の高いデータほど有利だが、最初から高度な機器が必須というわけではない。事前相談も可能なので、現場の活動を「申請できる記録」に変えていく意識が第一歩となる。
Question 3
申請から認証までの流れは
申請はオンラインで行い、内容確認や修正、必要に応じた現地ヒアリングを経て、第三者委員会が審査・認証する。審査では吸収量だけでなく、追加性や透明性、継続性、二重計上がないことなども確認される。必要な計測ができていれば、夏頃に申請し、年内または年度内に認証されるケースもあり、最短で半年程度が目安。認証後は販売に進み、売れれば継続費や調査費、地域の活動資金として還元できるが、販売には地域への発信も重要になる。
取材・文/曽田夕紀子
FISHERY JOURNAL vol.6(2026年夏号)より転載




