陸上養殖事業がつまずきがちなポイントは? 失敗事例から学ぶ日本の陸上養殖の本当の勝ち筋
2026/09/02
世界で急成長する養殖産業。しかし、日本は足踏み状態が続いてる。その明確な原因とは何か? 養殖事業者の失敗事例を分析し、日本の陸上養殖が世界で勝つための真の戦略に迫る。
陸上養殖を巡る「追い風」と
小規模事業者が陥る落とし穴
現在、水産養殖はサステナブルな次世代の食料供給技術として世界中で注目を集めています。「令和7年度 水産白書」によれば、2024年の世界水産生産量は約2億3378万トンに達し、そのうち実に60.5%(1億4164万トン)を養殖が占めています。もはや天然の漁獲だけではまかなえない“世界の胃袋”を満たす存在です。
「天然から養殖へ」の流れは日本も同様です。2026年6月30日に閣議決定された経済成長戦略の枠組みでは、重点分野の1つとして「陸上養殖」が明記されました。政府は「閉鎖循環式養殖」をはじめとする先端技術開発やスタートアップへの支援を強化する意向で、まさに強い追い風が吹いています。
しかし、ビジネスとしての現実は甘くありません。特に地方の中小企業や組合などの小規模事業者では、採算が合わずに事業撤退を余儀なくされる事例が後を絶たないのです。なぜ多くの失敗が生じるのか。過去の事例を分析すると、共通する大きな「落とし穴」が見えてきます。それは、多くの参入者が陸上養殖を「魚を生産する事業」だと勘違いしている点です。陸上養殖の本質は、魚を上手に育てることではなく、育てた魚をどのように売るかという「マーケティング・販売事業」であるという認識の欠如こそが、最大の敗因なのです。
撤退リスクを回避するための
失敗事例から学ぶ4つの選択
日本の養殖生産量は約83万トンで、世界シェアで見るとわずか0.6%に過ぎません。このような状況下で世界シェア拡大を目指すには、戦略の誤りは致命傷になります。過去の失敗事例から、事業者がつまずくポイントは大きく「4つの要素」に集約されます。
①魚種選定の失敗:人気がある魚=儲かる魚ではない
多くの事業者は市場規模の大きい「バナメイエビ」や「サーモン」などの淡水魚を選びがちです。しかし、これらは海外で大規模な生産体制が確立された「レッドオーシャン」。人件費や電気代の高い日本でこれらを作っても価格競争には勝てません。「どの魚を作りたいか」ではなく、「どの市場でなら勝てるか」の先見が必要です。
②生産規模とコスト設計の甘さ:ランニングコストの壁
陸上養殖は多くの初期投資が必要な「設備産業」ですが、真の撤退原因は日々のランニングコストにあります。経費の4〜7割を餌代が占め、水温維持の電気代も重くのしかかります。さらに生き物を育てる以上、病気等による歩留まり低下のリスクを織り込んだシビアな事業計画が不可欠です。
③ブランド戦略の不足:「天然至上主義」という壁
日本には「天然は高級で美味しく、養殖は格下」という根強いイメージがあります。天然で獲れる魚種をただ養殖で育てていたのでは価格競争に負けてしまいます。そのため、陸上養殖だから実現できる「品質の安定」「優れた脂の乗り」「無薬飼育による安全性」などの付加価値を明確に伝えるブランド戦略が欠かせません。
④販路確保の怠慢:育ててから売り先を探す愚
多くの事業者が「最も難しい」と吐露するのが販路開拓です。小売店や飲食店にはすでに既存の仕入れルートがあり、新規参入のハードルは高いのが現実です。売り先が決まっていなければ、魚は毎日餌代と電気代を食いつぶす「生きた在庫」となり、キャッシュを圧迫します。生産前から販路を確定させておく必要があります。 経営課題を解消した上で、初めて「どの養殖方式を採用するか」という技術的な選択に入ります。

出展:令和7年度 水産白書 陸上養殖種類別の届出件数(延べ件数)
事業の勝敗を決める
3つの選択肢

陸上養殖は3つの方式があります。
1つ目はかけ流し式。海水をそのまま引き込むため設備投資を抑えられるが、赤潮や台風などの水質変化の影響を受けやすく、病原体の侵入リスクも高い。立地も沿岸部に限定されます。2つ目は半閉鎖循環式。一部の水を循環させつつ新しい海水も取り入れる、初期投資と安全性のバランス型。ただし中途半端な設計になるとコスト負担が増える。3つ目が閉鎖循環式。高度なろ過設備で水を完全に循環させる。病気リスクを抑え品質を安定できるが、人工海水代や24時間の温度管理による初期投資・ランニングコストは最高額になる。

また、設備選びも重要なファクター。代用品でまかなっている現場も多いですが、修理に時間がかかったり、成長に悪影響を与えることも少なくないです。特に閉鎖循環式では1つの設備の不備で死滅につながることもあります。「どの方式が優れているか」ではなく、「どの魚を、いくらで、誰に売るのか」から逆算して最適な方式を選ぶ采配が求められます。
日本の陸上養殖の勝ち筋は
高級海水魚で世界と戦うこと
日本の陸上養殖が勝ち残るための唯一の道は、従来の「プロダクトアウト(作ってから売る)」の発想を捨て、「マーケットイン(売る相手を決めてから作る)」へと転換することです。
多くの失敗は、「この水槽でこの魚が育ちそうだから」という生産者主体の思い込みから始まっています。本来最初に考えるべきは、「誰が、なぜ、その魚を、その価格で買ってくれるのか」という出口戦略です。市場が求める「魚種」「品質」「価格帯」が明確になって初めて、生産方法や設備投資の規模が決まります。「販路を設計してから、養殖場を設計する」ことこそが陸上養殖の鉄則です。
そして、このマーケットインの発想を持ったとき、日本ならではの「起死回生の一手」が見えてきます。海外勢が得意とする淡水魚の大量生産による価格競争に挑むのではなく、日本が長年培ってきた「高級海水魚(マダイ、ブリ、カンパチ、ヒラメ等)」という異なる土俵で勝負を仕掛ける戦略です。
海外における陸上養殖の多くは淡水魚に集中しています。しかし、世界的な寿司・日本食ブームの広がりにより、海外でも淡水魚にはない海水魚特有の「うま味」に対する需要は確実に高まっています。海外ではまだ生産技術が追いついておらず、かつ競合が少ない「高品質な海水魚の陸上養殖」こそが、日本にとって手つかずの広大な「ブルーオーシャン(無限の可能性を持つ市場)」となるのです。
時代は確実に養殖へとシフトしています。日本がこの大きな波を捉えて勝ち残るために必要なのは、単に「魚を育てる生産技術」ではありません。顧客が求める真の価値を見極め、そのニーズを満たす魚を狙い通りに育てて「売る」というバリューチェーンの構築です。それこそが、日本の陸上養殖が世界を席巻するための本当の勝ち筋なのです。
教えてくれた人
海のイドバタ会議
総座長
守雅彦氏

慶應義塾大学卒。造船業、海事専門商社を歴任。海の地方創生アドバイザーとして独立。漁業、海運業、海洋環境など様々な業界に精通。「海のイドバタ会議」名義で、海に関わる情報発信を行う。全国88地区の海業に関わる新規事業に携わる。
文/守雅彦
イラスト/岡本倫幸
FISHERY JOURNAL vol.6(2026年夏号)より転載




